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最先端の取り組み

徴兵制の一環として作られた学校が、今、子供を潰し始めた

意欲が上がらないのに
成績が上がる訳がない

驚異的な合格確率を生み出したグループ追求の力

 合格率とは子供が合格する確率に他なりませんが、今回、類塾のトップ4校の合格率は91%、それに対して大量の宿題と問題集をこなしてきた他塾・無塾生の合格率は76%、実に15%もの差が生じています。

 なぜ、これほどの合格効率の差が生じたのでしょうか?それは、子供たちの活力源が大きく転換したからです。一言で云えば、私権(地位や財産)の獲得から、仲間充足への活力源の転換です。

 貧困の時代、「いい生活」は大きな目標であり、豊かになった親の世代でも、「いい生活」はそれなりの目標としてありました。従って、誰もが「いい生活」を手に入れるための勉強意欲を保持しており、「たかが勉強の強制圧力ぐらい突破するのが当然」でした。

 しかし、21世紀に生まれた子供たちにとって、「いい生活」は、もはや生きる目標ではなくなっています。従って、勉強している生徒でも、本当の所、「いい生活」という内発的な意欲は、ゼロにまで落ち込んでいます。それが、いくら詰め込んで勉強しても成績が上がらない根本的な原因です。

親は、勉強の強制圧力に呻き苦しむ子供の心が理解できるか?

 しかも、子供たちは学校の勉強が役に立たないことを既に見抜いています。そんな勉強を「それでも、ヤレ」と強制される子供の苦痛の深刻さを、親の世代は想像できません。そこで、つい「勉強しなさい」と口にする訳ですが、子供の心の呻きも知らずに勉強を強制すればするほど子供は元気を無くしてゆき、遂には生きる意欲さえ喪ってゆくことになります。現に、「仕方なく生きているだけ」と口にする子供たちが年々増えています。

 今や、子供に勉強を強いたり、スパルタを期待して塾に行かせるのは、子供の未来を台無しにする取り返しのつかない誤りを犯していることになります。

 現代の子供たちの意欲の源は、仲間からの期待です。そして、同じ課題に向かう仲間から活力をもらう場こそ、みんなで楽しんで「なんで?」「どうする?」を追求するグループ追求の場であり、このグループ追求による意欲の上昇こそ、類塾の合格率の高さの源なのです。

赤ん坊は、追求心の塊。それを閉塞させたのは学校教育

 誰しも赤ん坊の頃は追求心の塊で、「これは何?」「何で?」と聞きまくり、貪欲に言葉を吸収していました。しかも、それは誰かに「言葉を覚えなさい」と言われた訳ではなく、100%内発的な欠乏に基づいて吸収したものです。

 ところが、学校に入ると、一気に追求心を失ってゆきます。それは、学校で上から与えられる教科の中身が、子供の内発的な欠乏と全く繋がっていないからです。

 この3〜4年、子供たちの勉強離れは目に見えて加速しており、それに対応すべく、学校の先生はますます圧力に頼り、強制を強めてきました。その結果、子供の勉強嫌いと先生の強制圧力の悪循環で、今や学校は子供を閉じ込める監獄と化しつつあります。

 学校の強制圧力はクラブ活動にまで及んでおり、授業と宿題と学校行事を合わせると、学校による生徒の拘束時間は、優に週60時間を超えています。現代の学校は日本最大のブラック産業だと言っても過言ではありません。 

役に立たない「教育」をやり続ける学校

 大人は、学校で学んだ知識など、社会に出れば殆ど役に立たないことを知っているはずです。実際、漢字や加減乗除以外の知識は、殆ど使われることがありません。それは、学校で教える教科の中身が全く現実離れした中身だからですが、とりわけ近年、5教科を貫く近代思想や近代科学が現実社会との乖離を深めてゆくにつれて、旧態依然とした教科内容の無意味さが隠しようもなくなってきました。

 いったい、なぜ学校はこんな無駄な教育をやり続けているのでしょうか?

それは、もともと学校制度というものが、命令に従順に従うロボットのような人間を育成するために、軍隊をモデルにして作られた制度だからです。

 学校は、ナポレオンの時代、国民皆兵(徴兵制)の一環として制度化されました。従って、明治政府が学校制度を導入する際も、軍隊がモデルとなっています。実際、朝礼もラジオ体操も原型は軍隊だし、制服も原型は軍服だし、ランドセルも原型は兵隊の背嚢(はいのう)です。

 そんな類似より、もっと根本的な問題は、「上官の命令は絶対」であるのと同様に、「先生の命令は絶対」となっていることです。事実、先生は、生徒に対して絶対的な評価権=人事権を持っています。

子供の生きる意欲と追求心を再生することが急務

 そこでは、先生が絶対的な権力者として君臨し、試験、試験とムチ打って生徒を飼い慣らしてゆきます。この試験圧力の下で定期テストを2〜3回も経験すれば、大半の生徒は点を取るための勉強しかしなくなり、最も大切な「これは何?」「何で?」という追求心を封印してしまいます。そんなことを追求していたら、点を取れないと思い込んでいるからです。こうして追求回路が封鎖された暗記脳が簡単にでき上がります。実は、追求力を失ったこの暗記脳こそが、いくら勉強しても成績が上がらない第二の原因です。

 現代は大転換の時代であり、全てが目まぐるしく変化してゆく時代に対応するためには本物の追求力が不可欠ですが、追求回路を封鎖してしまった暗記脳では、全く使い物になりません。

 現に、受験エリートの大半が暗記脳しか持ち合わせていないことは、産業界の常識となっています。従って、今や、学歴で学生を選ぶ企業など殆ど存在しません。学歴信仰は既に崩壊したのです。

 前出した通り、勉強を強要すればするほど、子供は壊れてゆきますが、しかし、脱強制といっても、ただ家で自習しているだけでは、意欲も追求心も芽生えてきません。今、必要なのは、仲間で「何で?」「どうする?」を追求する中で、子供の生きる意欲と追求心を再生すること。

 グループ追求によって内発的な認識回路が形成されれば、無意味に見えた教科書の中身が内発回路に次々と繋がってゆきます。類塾が驚異的な合格率を生み出した秘密は、そこにあります。


→ 「カルト化する時代遅れのスパルタ塾」

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